松山地方裁判所西条支部 昭和41年(ワ)237号 判決 1968年7月12日
原告
林和夫
被告
曾根実夫
ほか一名
主文
被告曾根重昭は原告に対し、金八二万円およびこれに対する昭和四一年一二月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の同被告に対するその余の請求および被告曾根実夫に対する請求を棄却する。
訴訟費用のうち、原告と被告曾根実夫との間に生じた分は原告の負担とし、原告と被告曾根重昭との間に生じた分は二分してその一を原告、その一を同被告の負担とする。
この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告
「被告らは原告に対し、各自金一八七万七、六八四円およびこれに対する昭和四一年一二月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行宣言。
二、被告ら
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二、当事者の主張
一、原告
(請求原因)
(一) 事故の発生
昭和三九年一一月三〇日午後一時三〇分ごろ新居浜市泉川町松原四、一六六番地先市道(訴外藤田石油店前)路上において右市道を南進中の被告曾根重昭が運転する軽四輪貨物自動車(愛媛六う三、四〇〇号、以下事故車と呼ぶ)が、折柄右市道を西側から東側に横断歩行中の原告に衝突し、原告を路上に転倒させ、その結果原告は左脛骨腓骨々折および左手関節捻挫の傷害を受けた。
(二) 被告らの責任
被告らはいずれも当時事故車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条により本件事故に基因する原告の損害を賠償する義務がある。すなわち、――
事故車の所有名義人は被告重昭であるが、同被告は被告実夫の子で、その実質上の所有者は被告実夫であり、事故車は被告実夫が営む自転車販売修理業の営業用として使用されていたものである。
したがつて、被告実夫は事故車の実質上の所有者として、被告重昭はその所有名義人として、いずれも自賠法第三条の運行供用者であるというべきである。
(三) 損害
右事故により原告の蒙つた損害は次のとおりである。
1 治療関係費 金一四万五、八八四円
(1) 通院治療費 金五、二二九円
イ 新居浜山内病院分 金一、七八八円
ロ 住友別子病院分 金三、四四一円
(2) 付添看護料 金一二万二、〇〇〇円
原告は新居浜市の駅前医院に入院中の昭和三九年一一月三〇日から昭和四〇年三月三一日までの一二二日間、付添看護を必要としたので、訴外岡崎光子の付添看護を受け、同人に一日金一、〇〇〇円の割合で前示金額を支払つた。
(3) 薬品代 金六、七四五円
原告は、院外処方箋により株式会社河淵薬局から購入服用した薬品代として右金額を同薬局に支払つた。
(4) 往復タクシー代 金一万一、九一〇円
原告は、原告および家族らが入院先である駅前医院に往復したタクシー代として訴外巴タクシー株式会社に右金額を支払つた。
2 見舞返礼代 金一万一、八〇〇円
原告は入院中の見舞客六八人に対する返礼として配つた石鹸代として、その購入先である訴外有限会社木村花かつを店に右金額を支払つた。
3 得べかりし利益 金七二万円
原告は訴外新居浜芸妓検番組合長として一か月金六万円の収入があつたが、本件事故による負傷のためその後一年間組合長としての業務(主として客席への芸妓の斡旋、その花代の集金)に従事することができず、したがつて組合からなんらの賃金も受けなかつたから合計金七二万円の得べかりし利益を喪失した。
4 慰藉料 金一〇〇万円
原告は前記の負傷により数か月にわたる入院治療を余儀なくせられたのみでなく、現在においてもなお歩行時の左膝関節痛(寒冷時に疼痛が大きい)、腰痛、左下肢知覚障害の後遺症に悩まされ、多大の精神的苦痛を被つているのでこれを慰藉すべき金額は金一〇〇万円をもつて相当とする。
(四) よつて、原告は被告ら各自に対し右損害の合計額金一八七万七、六八四円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四一年一二月二三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、被告らの答弁および抗弁
(一) 被告実夫の答弁
請求原因(一)の事実は認める。同(二)の事実中、事故車の所有名義人が被告重昭であること、同被告が被告実夫の子であること、被告実夫が自転車の販売修理業を営んでいることは認めるが、その余は否認する。同(三)の事実は不知。
事故車は被告実夫の所有ではなく、同被告が被告重昭に買い与えてその所有としたものであり、被告重昭は被告実夫の営業とは全く無関係に独立して仕事をしているのである。よつて、原告の請求は失当である。
(二) 被告重昭の答弁および抗弁
(答弁)
請求原因(一)の事実および同(二)の事実中被告重昭が事故車の所有名義人であり(実質的にも所有者である)、運行供用者であることは認める。同(三)の事実は不知。
(抗弁)
被告重昭は、事故車の運行にかんし注意を怠つたことがなく、本件事故はもつぱら原告の過失に基因するものであり、事故車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたから、同被告には損害賠償責任がない。
本件事故は原告が無暴にもなんら交通の安全を確認することなく、突然事故車の進路前方に飛び出したため惹起されたものであるから、同被告にとつてはいわば不可抗力ともいうべき、原告の重過失に基因する事故なのである。
よつて、原告の請求は失当である。
三、抗弁に対する原告の答弁
被告重昭主張の抗弁事実は否認する。本件事故は同被告の一方的、全面的過失に基因するもので、原告にはなんら過失がない。
第三、証拠関係 〔略〕
理由
一、請求原因(一)すなわち事故の発生にかんする事実は当事者間に争いがない。
二、そこで、被告らの損害賠償責任について考えるのに、被告重昭が事故車の運行供用者であることは当事者間に争いがないけれども、被告実夫が事故車の実質的所有者であり、したがつてその運行供用者であるとの原告主張事実は、原告の全立証その他本件全証拠によつてもこれを認めるに足りないといわざるをえない。すなわち、――
〔証拠略〕を合わせると、事故車の買受代金は被告実夫が支払つたものであること、右買受当初(本件事故の約二年前)は、被告実夫も時々事故車を運転したことがあること、被告重昭は被告実夫とは一応独立して室内装飾等の仕事をしていたが、これといつた定収入もないためそのかたわら被告実夫の自転車販売を、販売手数料一台について金一、〇〇〇円の定めで手伝い月平均三、四台を販売しており、時には事故車で被告実夫の販売用の自転車を運搬したこともあること、事故車のボデーには「曾根自転車商会」と記載されていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
しかし他方、〔証拠略〕を合わせると、被告実夫と被告重昭はかねて不仲であり、被告重昭は家業を継ぐのをきらい、「車を買つてくれたら独立して化粧品のセールスをし、親に迷惑はかけない」というので、被告実夫は被告重昭に事故車を買い与えたものであること、事故車の維持費はすべて被告重昭がその収入から支出していたこと、被告重昭は事故当日訴外薦田勇経営の文具店の店内装飾を手伝い、同人から看板を塗装店に運搬することを依頼されてその運搬中に本件事故を惹き起こしたものであることが認められ、右認定事実に当事者間に争いのない事故車の所有名義人が被告重昭である事実を合わせ考えると、前段認定の事実のみではいまだ被告実夫が事故車の実質的所有者であり、したがつて運行供用者であると認めるには足りないといわなければならない。そして他に右原告主張事実を肯認するに足りる的確な証拠は存しない(これにそう原告本人尋問の結果はそ信しがたい。)。
そうだとすれば原告に対し、被告重昭は損害賠償責任があるが被告実夫はこれがないというべきであり、同被告に対する原告の請求はその余の判断におよぶまでもなく、棄却をまぬがれないものである。
三、次に本件事故発生の状況について検討すると、〔証拠略〕を合わせると、本件事故現場は県道新居浜―角野線と市道元塚―喜光地線とが交差し南に向かつて分岐する地点から右市道上を南に数メートル進んだ平坦なアスフアルト舗装の路上で、当時は晴天で路面は乾燥しており、右分岐点付近は島状の空地をなし、見通しは良好であつたこと、被告重昭は左折の合図をするのを怠つたまま交差点を県道から市道に向かつて時速約二〇ないし二五キロメートルで南進していたが、右分岐点の直前辺を訴外宮崎始が東側から横断を始めているのを認め、同人の動向に気をとられたあまり、前方注視を怠つて進行を続けたこと、一方原告は事故車が左折の合図をしておらず、かつその先行車は県道を直進しているのを見て、事故車も直進するものと即断し、十分左方の交通の安全を確認することなく市道上に飛び出したこと、このように、被告重昭が前方注視を怠つていたことに加えて原告が突発的に市道上に出てきたため、同被告が路上の原告を認めたのはその直前約一メートルの至近距離に迫つてからであり、その結果本件事故の発生をみるにいたつたことが認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてたやすく措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実に徴すると、同被告には左折の合図および前方注視を怠つた過失があるが、原告にも横断にあたつて左方の交通の安全を十分に確認しなかつた過失があることは明らかであり、本件事故はこの両者の過失が競合して発生したものというべきである。そして、双方の過失の割合はほぼ同被告を六、原告四とみるのが相当である。
したがつて同被告の抗弁は、その余の判断におよぶまでもなく失当である。
四、さらに進んで損害額について検討する。
(一) 治療関係費
1 通院治療費
〔証拠略〕を合わせると、原告は新居浜市の新居浜山内病院および住友別子病院で事故後昭和四一年一一月二九日までの間通院治療を受け、右各病院に治療費として合計金五、二二九円(内訳は原告主張のとおり)を支払い同額の損害を被つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
2 付添看護料
〔証拠略〕を合わせると、原告は本件事故のため新居浜市の駅前医院に昭和三九年一一月三〇日から翌四〇年五月七日まで入院し、昭和三九年一一月三〇日から翌四〇年三月三一日までは歩行が困難であつたので、原告が勤務する訴外新居浜芸妓検番組合の芸妓である訴外岡崎光子が毎日原告の付添看護をし、原告は同訴外人にその報酬として一日金一、〇〇〇円の割合で合計金一二万二、〇〇〇円を支払い、同額の損害を被つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
3 薬品代
〔証拠略〕合わせると、原告は昭和三九年一二月から翌四〇年一一月までの間に、左足の受傷部鎮痛のためアリナミンその他の薬品を株式会社河淵薬局から購入し同薬局にその代金六、三八〇円を支払い同額の損害を被つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
しかし、〔証拠略〕によつて認められるオロナイン外の薬品代金三六五円については、オロナインは外傷の治療剤であるところ、その当時原告が本件事故により外傷を被つていたことを認めるに足りる証拠はないから、オロナインの購入は本件事故と因果関係がないというべきである。そして右金三六五円中のオロナインの代金額を明らかにすることはできないので、結局右金三六五円全額を本件事故と因果関係がないものとみるのが相当である。
4 往復タクシー代
〔証拠略〕によれば、原告は自己の勤務場所たる検番と駅前医院との間の昭和三九年一一月三〇日から翌四〇年五月七日までの往復タクシー代として訴外巴タクシー株式会社に合計金一万一、九一〇円を支払つていることが認められるが、退院時のタクシー代金四七〇円は別として(入院時は〔証拠略〕によれば、事故直後に被告重昭が事故車で同医院まで護送し、入院させていることが認められるからタクシー代は不要である)、それ以外の分については前認定のように右期間中原告は同医院に入院中であるのに、なぜタクシーの使用を必要としたのか明らかでないこと(通常、その必要は考えられない。もし岡崎光子が使用したのであればそれは付添看護料として相当かどうかの問題として考えるべきであり、無条件にそのタクシー代を肯認することはできない。また、〔証拠略〕によると、乗車人員はおおむね二ないし三名となつている点もなつとくしがたいものがある)からみて原告の請求にかかるタクシー代は本件事故と相当因果関係があるとはいえない。
(二) 見舞返礼金
〔証拠略〕によれば、原告は入院中の見舞客に対する返礼として訴外有限会社木村花かつを店から石鹸等合計代金一万一、八〇〇円分を購入して右代金を同店に支払つたことが認められるが、右の見舞返礼は礼交儀礼上の支出というべきであるから本件事故と相当因果関係があるとみることはできない。
(三) 得べかりし利益
〔証拠略〕によれば、原告は事故当時訴外新居浜芸妓検番組合の事務長として客席への芸妓の斡旋、花代の集金その他右組合の一般事務を担当し、一か月金六万円の給料を右組合から受けていたが、すくなくとも前記入院期間中は全く働くことができず、一か月金六万円の得べかりし利益合計二五万四、〇〇〇円を失つたことが認められるが、それ以上に昭和四〇年一一月末まで全く働くことができず、その間右金六万円の割合による損害を被つたとの原告主張事実については、原告の症状、その担当業務の内容等からみてこれにそう原告本人尋問の結果はそ信できず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
(四) 原告の本件事故による損害は前認定のとおり合計金三六万七、六〇九円であるが、前説示のように本件事故における双方の過失の割合はほぼ被告重昭を六、原告四の割合であるから過失相殺をすると、結局同被告が原告に対して支払うべき損害賠償額は金二二万円をもつて相当と認める。
(五) 慰藉料
原告は本件事故により昭和三九年一一月三〇日から翌四〇年五月七日まで新居浜市の駅前医院に入院治療をした上、前記のように新居浜山内病院、住友別子病院で通院治療をしたことは前認定のとおりであり、弁論の全趣旨により成立を認める甲第一六号証、前記証人星島の証言および原告本人尋問の結果によれば、その後も原告は昭和四二年六月末ごろまで住友別子病院に通院治療をつづけたが、現在でも左膝関節部に運動障害が残り十分に屈曲することができず(運動範囲自動一八〇―六〇度)、歩行時にその部位が時折急に痛み出したり、寒冷時などに左下肢に疼痛を伴う痺れをおぼえたりすることが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実に本件事故の状況なかんずく双方の過失の割合その他諸般の事情を斟酌すれば原告の慰藉料の額は金六〇万円をもつて相当と認める。
(六) 以上のとおりであるから、被告重昭は原告に対し、右金二二万円と右金六〇万円との合計金八二万円の損害金を支払う義務があるというべきである。
五、よつて、原告の請求は、被告重昭に対し、右金八二万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四一年一二月二三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、同被告に対するその余の請求および被告実夫に対する請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 萩原金美 河田貢 片岡安夫)